『送還日記』監督:キム・ドンウォン

(映画の内容に触れています。未見の方はお気をつけください)
渋谷のシネ・ラセットの10時からのモーニングショーに何とか間に合いました。このところ映画を観てもうつらうつらしてしまうのに、全く眠くなるどころか覚醒してゆくドキュメンタリーでした。
すでに、今年ベスト1の映画・ドキュメンタリーと言ってもいい。
金大中太陽政策により1992年、北朝鮮のスパイとして韓国の監獄に長期間収容されていた2人の老人が釈放され、身寄りのない彼らの面倒を見ることになったことをきっかけに、キム・ドンウォンが12年にわたって撮り続けた彼ら元長期囚の姿。

彼ら非転向長期囚は、30〜45年にわたり「北のスパイ」として収容されていた政治犯であり、北との競合から共産主義から転向させるため、刑務所でさまざまな拷問を受け、それでも非転向を貫いた人々である。
拷問により死んでいった人は多い。
彼らが、過酷な拷問にもかかわらず、なぜ屈服することなく、人生の大半を刑務所の中で過ごすことができたのだろうか。
彼らが転向しなかった理由を、拷問により思想の転向を強要されることで、ますます自らの正しさを信じることができたからだというキム・ドンウォンの言葉の意味は重い。
拷問で転向した人たちの表情は暗く、伏目がちで、非転向の老人たちの晴れやかな表情とはあまりに対照的だ。
長期間の収容が釈放されることを恐れさせたという。
それでも、韓国で暮らしながら、彼らの北を信じる言動には屈託がない。
信念を曲げなかった英雄として歓迎するイヴェントに参加したり、長い監獄生活で社会から隔絶されていた生活の不安を支え、精神的にも支援するボランティアもある。
支援の女性たちに囲まれ歓談する様子も微笑ましい。
彼らが疎外されるだけの存在でないことに韓国民の健全さを感じた。
2000年、非転向長期囚のうち希望者の63人は北に送還された。
北では高級マンションを与えられ、暮らしているという。
それがいかにも政治的な宣伝であるということは誰でも感じるだろうが。
監督は韓国政府から許可が下りず北朝鮮に帰国した彼らに、その後会ってはいない。
北を訪問した友人の撮ってきたフィルムに写る彼らの姿は、胸に一様に勲章をつけ、革命の歌を歌い、とても元気そうだ。
しかし、後ろの中央にいるひとりの老人の表情はうつろで、歌っていない。
その姿から、最後まで目を離すことはできなかった。
彼らは北に帰って幸せに暮らしているのだろうか?
もしも幸せでなかったら、彼らの獄中での長い過酷な日々は何だったのだろう?
個人に覆いかぶさる重すぎる国家というものを思わずにいられない。





#ほんやら洞


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