斎藤晴彦&高橋悠治『冬の旅』@シアターIWATO

azamiko2005-11-20

高橋悠治、古びた黒いトランクを提げて、前かがみで歩く、あの独特なくにゃりくにゃりで舞台をひと回り。グランドピアノのそばでトランクから譜面をとりだす。
スタンドランプをつけて、弾き始めたシューベルト『冬の旅』。
斎藤晴彦バリトン歌手並の歌唱力を期待してきた人はきっと、がっかりするでしょう。このライヴは高橋悠治の『冬の旅』ピアノ演奏と歌詞とを聴くためのライヴとおぼしき。
『冬の旅』が創作されたころ(1824年当時)のオーストリアフランス革命の反動で、厳しい検閲の時代だった。手紙も検閲され、自由にものが言えなかった。シューベルトは貧しく、病に冒され、家を持たず、それでも友人には恵まれ、友人たちの家を泊まり歩いていた。シューベルトには詩人の友人が多い。『冬の旅』のウイルヘルムミュラーもそのひとり。日常を詩にすることで息苦しい時代を表現している。(高橋悠治談)
『民衆に訴える』はシューベルトの詩のみで曲が書かれていなかったものに高橋悠治が曲をつけたものです。
菩提樹』を、ぜひ、斎藤晴彦詞で歌ってみてください。

凍結 ウイルヘルム・ミュラー:詞 高橋悠治
    フランツ・シューベルト:曲

雪に埋もれた 道の跡に
思い出もとめ さまよい歩く
雪に埋もれた 道の跡に
思い出もとめ さまよい歩く

熱い涙で 雪溶かして
思い出の場所をこの目で見たいのだ
熱い涙で 雪溶かして
思い出の場所をこの目で見たいのだ

花ひとつない 草も見えない
花はしおれて 草は枯れた
花はしおれて 草は枯れた
花ひとつない 草も見えない

心に刻む 思いでもなく
胸の痛みが 旅の道連れ
心に刻む 思いでもなく
胸の痛みが 残すばかり
凍った心 溶けるときは
きみの姿も溶けて
消えてしまうだろう

菩提樹 斎藤晴彦:詞
     フランツ・シューベルト:曲


菩提樹といえばおしゃか様だよ
その木の下で 死んでいったよ
猿 鳥 蛇 虫 象も来たよ
人に混じって 空も泣いたよ

菩提樹といえば 音楽室だよ
校舎の部屋の 暗い部屋だよ
アップライトピアノが 黒く光る
見あげると窓も黒く光る

女の先生 眼鏡をかけた
歌え 歌えと 命令する

泉に沿いて 茂る菩提樹
なんのことやら 茂る菩提樹

泉に沿いて それがどうした
淡き夢見ても 眠いばかり
いまわし 記憶

民衆に訴える フランツ・ペーター・シューベルト:詩
         高橋悠治:作曲・訳詞 

時代の青春は終わった
民衆の力も流れ行く群衆のなかに埋もれた
使いはたされた

苦しみにさいなまれ
あの力の名残りさえ
時代にさまたげられて
実りなく消える

民衆は歌を忘れて
病んだ時代をさまよう
あの日の夢を捨てて
顧ることもなく

ただ歌だけが運命に
立ち向かう力をくれる
かがやく思い出をえがき
苦しみを和らげる



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