CD『瓶のなかの球体』 フォークパルチザン

azamiko2006-10-03


気負いのない、気骨のある20人のミュージッシャン(イマイアキノブ、岩井信幸、上野茂都、オクノ修、川下直広、桑畑繭太郎、関島岳郎、関根真理、田中亜矢、中尾勘二中川五郎、ひがしのひとし、藤村直樹、船戸博史、ブービーあさの、古川豪、宮里ひろし、宮薗あき子、森美千代、渡辺勝)による、反戦をテーマにした歌、楽曲、37曲。
アルバム二枚組。¥3500。お薦め!!


内外のフォークソングの名曲といわれたものばかりですが、歌い方も演奏スタイルも縦横無尽。原曲とはかなり趣が違います。
懐かしさと同時にオリジナルのもつざわめきに嵌ってしまいました。
歌う人のさまざな声、歌い方のそれぞれに魅かれます。
管楽器をとおして聴く音も人間の声なんですね。


・オープニングは、ピート・シガーの「We Shall Over Come」。
混沌とした世界がふつふつと湧き上がるようなオーケストレーション
フォークパルチザンの心意気。
イマイアキノブの訳詞によって歌われる「ハレルヤ」は、どこか暗い世界の隠微さが漂っていて、とてもいいです。
ふたりの女性ボーカル(森美千代、田中亜矢)の歌う「イムジン河」はナチュラルで、これまたいいのです。
・炭鉱で採譜した高田渡の訳詞で歌われる「朝日楼」は、ジ・アニマルズの「朝日のあたる家」。高田渡が歌っていた「朝日楼」とも違って、上野茂都の三味線と歌は、屈折した明るさがある。
加藤登紀子の訳詞、シャンソンで歌われることの多いポーランドパルチザンの唄「今日は帰れない」は切なくて、イタリアのパルチザンの唄「さらば恋人よ」はどこか楽天的。国民性ゆえなのだろうか。
・管楽器の太い音色で奏でられるピート・シーガー「花はどこへ行った」、カタルーニャの民謡「鳥の歌」は、どちらも関島岳郎によるチューバ独奏。いままで耳にしたことのない新鮮な響きです。

アンテナに加えさせて戴いた「無為的日子。ムイ、ナ日々。 」
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muiさんも参加、ライナーノートも書かれています。