『三池〜終わらない炭鉱の物語』監督:熊谷博子

azamiko2006-04-26

(映画の内容に触れています。未見の方はお気をつけください)

今も寒い地域にはあるでしょう、だるまストーブ。
シャベルでごそっと石炭をすくうと、黒光りした石炭の塊の重みと固い感触。
熱風が顔を灼き、投げ込むと、火の子が飛んで、真っ赤な炎が燃え上がる。
身体をほてらす熱さと炎の揺らめき。
でも、その記憶がいつのことなのか、どこだったのか、ほんとうに自分の経験なのか、映画の1シーンなのか、そばで見ていただけなのか思い出せません。
それでも、そのとき火への怖れを漠然ともったことだけは確かです。
ギリシャ神話では、人間に火を与えたプロメテウスはゼウスの怒りをかい、ハゲタカに内蔵をえぐられる刑に処せられました。


石炭採掘の仕事はプロメテウスの悲劇を私に連想させます。
プロメテウスがゼウスの山から盗んで人間に与えた火は地中深く潜ることでやっと手にすることのできる石炭に繋がっているように。
150年にわたり、日本の近代化を支えて来た三池炭鉱の『負の遺産』といわれる囚人労働、朝鮮・中国からの強制連行、激しい労働争議、炭鉱事故・・・。

負の遺産』を『プラスの遺産』に変えようとする試みのひとつとして制作されたこの映画は大牟田市の行政と市民、映画スタッフの共同制作です。
インタヴューは、歴史的事実をありのまま伝えようとする姿勢が印象的で、炭鉱に従事した人たちの表情は穏やかで、インタヴュアーに心を許しているというのがよく分かります。
それでも、強制連行で従事させられ、生き残った中国人、戦中捕虜として働かされたアメリカ人の表情はとても厳しいもので、無念な思いで死んでいった人たちの哀しみが草に覆われた地中から聞こえてくる気がします。

監督の熊谷さんはアフガニスタンの優れたドキュメンタリー、私の最も好きなドキュメンタリー『よみがえれカレーズ』で土本典昭さんと共同監督をしていますが、この『よみがえれカレーズ』は、1989年当時のアフガニスタンの人びとの姿と白黒フィルムに映し出される黒々とした地下水脈が記憶に生々しく、今回の作品が地中深く眠る燃える石にまつわるドキュメンタリーであることを思うと、彼女が地、そこに埋もれた世界にまつわるドキュメンタリーを撮ったことが偶然ではないようにおもえます。