『ヒストリー・オブ・バイオレンス』監督デヴィッド・クローネンバーグ

(映画の内容に触れています。未見の方はお気をつけください)
主演のヴィゴ・モーテンセンは『ロード・オブ・ザ・リング』にアラゴルンで出演していましたが、髭を剃ったら、こんな顔だったのね。
狂気を秘めたトム・ストールにぴったりです。
たまたま、不良家殿のブログで2005年のアカデミー賞受賞作ポール・ハギス監督の『クラッシュ』の話題が出ていて、クローネンバーグの同名タイトル『クラッシュ』も同時に思い出したわけですが、クローネンバーグの一貫したテーマである人のうちに眠る狂気、闇というものが今回の作品では強く表現されているより、それはむしろ付随的に語られ、闇、狂気を自覚したものの苦しみと家族や社会との関わりということの方に力点が置かれているように思う。
そして、これはクローネンバーグの現在のハリウッド映画に対しての意識的な作品づくりではないかと思えるのです。


2005年度のアカデミー賞受賞作ポール・ハギス監督の『クラッシュ』は大変よくできた作品と言えますが、釈然としないまま終わった印象があります。
あの結末はなんだったのだろう。
人種偏見をもたない正義の警察官がささいなことから、間違って黒人を射殺してしまう。どうみても、過失であり、そこに罪があるとしたら、銃を持っていたからとしか言いようがない。
そして、最後に彼のとった行動は射殺した黒人を車から事件現場に降ろし、違う場所で乗っていた車をガソリンで焼却するというものだった。
また、2004年のアカデミー賞、主演男優賞、助演男優賞受賞のクリント・イーストウッド監督作『ミスティック・リバー』では、間違って友人を殺してしまった主人公がそれを悔いるでもなく、家族を守るためにしかたなかったという結末になっている。
これら上記2作品はどちらもアカデミー賞を受賞するだけに構成もしっかりしてよくできた作品だが、結末をどう捉えるか、解釈は観客に委ねられているというスタイルをとっているという意味で映画制作の意図の不透明な映画だともいえる。
作者は現実をそのまま提示しているだけだろうか?
これは現実である。それを提示するためにだけ描いているのだろうか?
やはり、私にはそうは思えなかった。
間違いは誰にもある。正義のために、誰かを守るためにした殺人であれば、許される。それは罪ではない。法が裁くことではない。
裁けるとしたら神しかいない。と言っているように思えてならなかった。
しかし、被害者の側から見た場合、上記2作品の被害者にどれだけ殺される理由があったというのだろうか。過失はないのだ。彼らが間違って殺される謂れは何もない。
あえて言えば、被害者が精神不安定で不信を抱かせた。
ポケットに入っていたものが拳銃の一部を想像させたということにすぎない。
それらを被害者の過失というには、殺害されるのは、あまりに大きい代償だ。
つまり、上記2作品が加害者の側面からのみ加害者に罪がないと言っているのに対し、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』は明らかに違う。
ギャングであった過去を隠し、生まれ変わって20年以上もの間、平凡に生活していたトムが殺人を犯したのは、正当防衛だったことは、映画を観ていたものなら誰でも認めるだろう。
彼が過去に犯した仲間への罪は時効をはるかに過ぎているだろう。
『ヒストリーオブバイオレンス』が被害者と加害者の側面から考えて、法で何が裁けるかという問いであるのは明らかだと思う。
だから、最後の家族のシーンにも素直に共感できる。


力には力の行使を語っているのではない。
力には力の行使しかないことの虚しさを語っている。
力には力の行使しかない、例外的な場合(正当防衛)を語っている。
たとえ、20年以上も生まれ変わって生きてきても暴力の連鎖から逃れられないバイオレンスの本質を語っていると思う。
クローネンバーグはハリウッドでつくられる加害者の物語に対して、力を行使する者の質を問おうとしているのではないか。
それは正義とは何かというアメリカの現実の問題と確実にリンクしているからに違いないはずだ。


追記
クリントイーストウッドは俳優としても監督としても大好きです。
不満な部分も若干ありますが『パーフェクトワールド』なんて、特に。
ただ、最近の作品は現実追認的な保守性が意識的か無意識的か表現されているように思えてしかたありません。深読みしすぎかもしれませんが。
たとえ、彼が、ずっと同じスタンスで映画を撮って来たのだとしても、映画の影響力を思えば、映画の政治性にも無関心ではいられないのです。
しかし、それは、映画を楽しむということからすると不幸なことかもしれませんね。


【コメント関連URL】


転載<優れたドキュメンタリー映画を観る会 VOL.16>


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