『八月十五日、その日まで。』ラピュタ阿佐ヶ谷

ラピュタ阿佐ヶ谷は日本の古典映画専門のミニシアターですが6月26日から8月20日まで戦後60年記念企画『八月十五日、その日まで。』という戦争映画特集をしています。
7月に『海軍』(監督・脚本:田坂具隆)という太平洋戦争開戦2周年記念に公開された国策映画を、先週『日本戦没学生の手記 きけわだつみの声』(監督:関川秀雄)を観て、昨日は『激動の昭和史 沖縄決戦』(監督:岡本喜八)を観ました。
『日本戦没学生の手記 きけわだつみの声』はビルマ『激動の昭和史 沖縄決戦』は沖縄戦、どちらも痛ましい戦闘場面の多い反戦映画です。大本営の決断がもう少し早ければ、死なずに済んだ人がどれだけたくさんいたでしょうか。ヒロシマナガサキもなかっただろうに・・・。
映画『日本戦没学生の手記 きけわだつみの声』は戦没学生の手紙や手記を集めて出版された『日本戦没学生の手記 きけわだつみの声』に想を得たビルマ戦の末期を描いています。ドイツ哲学の教授が2等兵として従軍し、新兵いじめを受ける場面やジャングルの中食べるものがなく司令官の馬を食べたことから、上層部への不満を抑えるために、反戦活動をしていた元学生活動家の古兵を殺害するシーンなどもあり、『神聖喜劇』を思い起こしました。爆撃が激しくなり、部隊が奥地に移動するときには、歩けない負傷兵は手榴弾を配給され置き去りにされます。負傷兵の中に画学生もいて、無言館の絵が脳裏をよぎります。移動途中に激しい攻撃を受け、部隊に戦闘を続けさせ、上層部だけが逃走、部隊が全滅したことにしようと置き去りにするシーンで映画は終わります。
『激動の昭和史 沖縄決戦』は本土の防波堤にされた沖縄を総司令部を中心に撮った東宝映画俳優総出演の大作。脚本新藤兼人、監督岡本喜八らしい笑いも含んでいます。
司令部を中心に描いていることもあって、島民の3分の1、15万人が亡くなった現実の悲惨さを思えば、描ききっているとは思えませんが、多くの人の鑑賞と大本営への批判を主にした制作であっただろうと思います。
沖縄の中学生が卒業とともに現地召集、鉄血勤皇隊として、特攻作戦を余儀なくされます。祖国沖縄のためを信じたからにちがいありません。しかし、大本営は沖縄を捨石に、国体の護持を探ろうとしていた。国民の生命よりも。戦争の責任について、本当の意味で問うてこなかったことが今に至っています。国体の護持、天皇制国家のもたらした国民の命の軽視。
戦闘の激しいイラク自衛隊を派遣したままであることを思えば、今も60年前と何ら変わりがありません。
竹やりをかざして、大勢のアメリカ兵に向かっていくひとりの老人。それはあまりに哀しくて滑稽なシーンでした。
映画を観ている最中、前の席に座っていた40代の男性と隣の20代の男性との間に諍いがありました。20代の男性が笑ったことに対して、40代の男性がそれに怒って叩いたようです。上映後「叩いたことは悪かったけれど、あそこは笑うところではないだろう」具体的にどういうシーンで笑ったのかはわかりませんが、フィクションと現実、観る側の感情移入のむずかしい問題を孕んでいるとおもいます。笑った事実は笑った本人に還って行きます。悲惨な歴史的事実ゆえに笑う人を責めたくなる気持ちもわかります。しかし、誰も笑う人を止めることができないのも事実ではないかと思います。